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医師・小柳 魂のメッセージ
医師・小柳 魂のメッセージ(当サイトの監修人でもある小柳先生が綴るエッセイ)
Profile
小柳 仁 先生
聖路加国際病院
ハートセンター顧問、
東京女子医科大学名誉教授。
プロフィール
Back Number
【 第 4 回 】
追憶のヨーロッパ(4)
パリ編
【 第 3 回 】
追憶のヨーロッパ(3)
ミュンヘン編2
【 第 2 回 】
追憶のヨーロッパ(2)
ミュンヘン編1
【 第 1 回 】
追憶のヨーロッパ(1)
ハンブルグ編
 
 
第3回 追憶のヨーロッパ(3) ミュンヘン編2

バイエルン心臓センターでの生活がはじまった。早朝7時からの40〜50分のカンファレンスのあと、一斉に手術室、検査室、外来、研究室などに分かれて仕事をはじめる。お話したように2つある手術室で、2例ずつ、計4例の開心術を行う。冠動脈バイパス手術と弁置換術が多く、手技はプロトコル通りにきまっていて例外は余りない。工場のごとくである。

日本では手術室での議論も盛んに行われていたが、ここドイツでは、型にはめた定型的手術が行われ、多くの病例をこなし、又、心臓センター毎の採算性もすぐれているという。

執刀者には、自分のプライベートの患者を手術する権利があり、その特別患者の手術料は外科医に入るようになっている。外科医はピラミット型の構成になっていて、その頂点をめざしてしのぎをけずる様相となる。
生存競争は苛烈なようで、手術室の現場でもその雰囲気を感じることがあった。

開心術が2例終り、4時ごろ遅い昼食をカフェテリアで摂る。ペンションに帰るのは夜10時ごろである。ほとんど金がないので夕食は苦労した。親父が一人でやっている居酒屋のような飯屋でSpiesという臓物の煮込み料理をよく食べた。日本人の観光客は決して体験しないであろう底辺の食物である。しかし再訪の際は家族と同じペンションに泊まり、このSpiesを再び口にしてみたい。

スイスのCIBA-GEIGY社のメディカルイラストレーションの「HEART」を翻訳し、丸善から出版していた。ドイツ滞在中に本社のあるBASELを訪ねるように誘われていた。
ドイツ国鉄の在来線をのりつぎ、ボーデン湖のほとり、コンスタンツなどの観光地を通り2泊3日のバーゼル旅行をした。学術部長と夕食を共にし、翌日会社を表敬訪問し、ドイツ近代工業の草分けとなった名門製薬会社の歴史に圧倒された。そのあとは全て自由でホテルの鍵をわたされ2日間のバーゼル滞在を楽しんだ。古い大学があり、夜、酒を呑んだ学生達がよく知っているドイツ学生歌をうたいながら通りすぎてゆくのを夢のように感じていた。

バイエルン州の洲都ミュンヘンは、冬はチロルおろしが吹いて、マイナス20℃に下がる。オイルショックの年でドイツ政府は室温を18℃と決めた。ペンションも厳格にこれを守る。部屋の小さな窓からは毎日吹雪が見える。窓の下にスチームがある。机をスチームの上におき毛布をかけ、その上で勉強した。窓にテープで目ばりをし、室温は1℃上昇した。

春は格別である。イザール川の水量はまし、新緑は早い。夏にかけ山野をあるきまわるトレッキングがさかんになる。秋は待ちにまったオクトーバーフェストである。人口100万のミュンヘンは晝間人口400万人とふくれあがり、チロルハットをかぶった人々が群をなす。新酒のききざけである。しかし私は川原の天テントを遠くからみただけでドイツの病院のシステムのなかで暮らしていた。ドイツの合理的な医療システムはハンブルグでもそうだったが印象的で自分の医療観を醸成するのに大いに役だった。

私はヘキストのサージカルグルーであるベリプラストの治験総括世活人をやっていたが、秋もふかまるころ、ヘキストの人が、ミュンヘンで思い残したことはありませんかと、話しかけてきた。このバイエルン国立歌劇場のある街でとうとう一度も劇場に入ったことがない、といったが、翌日、「セビリアの理髪師」のチケットが1枚届けられた。4人席のロイヤルボックスで、ドイツ人夫婦の横で東洋人が1人、バイエルンでのオペラを鑑賞した。幕合いに1階のバーへワインを飲みに行こうとしたら、何と我々のロイヤルボックスには1人執事がついていて「貴方はそんなgeneral floorに行ってはいけない、飲み物は私が運んでくる。」と言う。ロイヤルボックスを出たロココ調の椅子で運んできたシャンパンをありがたくいただいた。しかしこの執事にチップを渡すことを忘れた。あの東洋人!と思われたであろう。

年末に次の留学先パリ大学ブルッセイ病院に向け、再び旅立つこととなる。

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