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患者さんの声
患者さんの声 from Japan
緒方信彦 1.緒方 信彦
私と同じ立場にある患者さんへ・・・医師として、一人の人間として
2.藤井フミ子 2.藤井 フミ子
「ハートの記念日」を迎える度に感謝の気持ちで一杯に・・・
福島光代 3.福島 光代
「夢はマスターズ世界大会出場!!」
中井川幸枝 4.中井川 幸枝
葡萄作りに、ボランティア活動、海外旅行にも。「以前よりもずっと元気になったのです!」
寺尾清見 5.寺尾 清見
ハンディキャップなんてない。私は人生を楽しんでいる。
患者さんの声 from U.S.A.
レス バレット 1.レス バレット
人工心臓弁植え込み7年後、シカゴ・マラソンに参加
ブライアン ムーア 2.ブライアン ムーア
レス バレットの成功談が人工心臓弁を植え込んでいる自分にマラソンを走るよう奮い立たせた!
ルーディ ガルドニック 3.ルーディー ガルドニック
自分のこの境遇に感謝したい!
ベロニカ マイヤー 4.ベロニカ マイヤー
そしてついに2007年5月16日(ネパール時間午前4時)3度目の挑戦でエベレストを制覇!!
キャスリーン スカーリー 5.キャスリーン スカーリー
New Yorkマラソン完走!人工心臓弁を植え込んでいる女性で初のマラソン完走者
ベロニカマイヤーのエベレスト登頂記
全ての山に登りたい!そしてついに2007年5月16日(ネパール時間午前4時)、3度目の挑戦でエベレストを制覇!!
スイス、ザンクトガレン在住のベロニカ マイアーは、まるでサウンド・オブ・ミュージックの歌詞そのままに人生を謳歌しています。46歳でセント・ジュード・メディカル®人工心臓弁(機械弁)を植え込んだ彼女は、自分が挑戦することができる山すべてに登っています。1997年に人工弁を植え込んで以来、北米で最も高いマッキンリー山や北米および南米で最高峰のアコンカグアをはじめさまざまな山に登ってきました。
エベレスト山頂はじれったいほど間近にあるのに:自己ベスト
2003年5月、ベロニカ マイアーは、エベレスト山登頂に挑戦しました。しかしこの時は、頂上を目の前にしてあと一歩及ばなかったのです。そのチャレンジの様子はこちらからご覧下さい。
1990年代、ベロニカの大動脈弁疾患が悪化し始めました。果敢にも山に登ることは続けていましたが、エネルギーを浪費せずに登山するよう、より一層注意しなければならないことを実感しました。

1990年代の終わり近くになると病状がさらに重くなり、階段を上るだけでも疲れきるようになりました。1997年、彼女と彼女の主治医は、弁置換手術を行う時機だと判断しました。

ベロニカは、セント・ジュード・メディカル®人工心臓弁(機械弁)を植え込みました。そのわずか5週間後、彼女は山に戻ったのです。そして1年後、ヨーロッパで一番高いエルブラス山(5,462メートル)に登りました。

2001年5月23日、ベロニカは弁置換術を受けて4年後、50歳で米国アラスカ州にある、なんと6,194メートルという高さのマッキンリー山に登りました。「午前5時30分にベースキャンプ(標高約4,260メートル)を出発して登り始めました。午前8時にウェストバットレスに到着したとき、抗凝固薬を飲みました」。厳しいペースで歩を進めるパーティの男性5人に遅れずについていき、一行は10時間以内に頂上に到達しました。

「頂上は耐えられないほど寒く、強い風が吹いていました。視界が得られなかったため、全く写真を撮ることができませんでした」。つかの間喜びにふけったのちに、一行はキャンプベースを目指して下山を開始し、5時間後に帰り着きました。

現在、ベロニカは自己検査用器具で血液凝固レベルをモニターしています。自己検査を始める前はモニタリングのため2カ月ごとに家庭医の診察を受けていました。今は10日ごとに自らINR(国際標準比)レベルをチェックしています。

彼女の今春のエベレストへの挑戦の結果及び全貌は、明らかになり次第、本ウェブサイトで紹介致します。
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